島袋正雄先生の三線、知事応接室に

先日(2020年3月26日)、人間国宝・故島袋正雄先生のご家族が、生前先生が愛用された三線を沖縄県に寄贈するため、県庁知事応接室にて玉城デニー知事に手渡されました。

沖縄タイムス3月27日の記事より
琉球新報3月28日の記事より

島袋正雄先生の三線といえば、お亡くなりになる同年2018年の1月に行われた「カジマヤー」のお祝いの席で県立博物館に寄贈された沖縄県文化財指定の「玉城與那」が有名ですが

今回寄贈された三線はそれとは別の2挺。

正雄先生の生前からのご遺志により、沖縄の伝統文化として広くお披露目し県内外にその目が留まる場所として沖縄県知事応接室への寄贈となったのですが

製作したのは当店代表の新垣喜盛。

ということで、ご家族の方と正雄先生の最期まで看取られたお弟子の高江洲昌一先生とともに喜盛も寄贈の場に立ち会うことになりました。

2挺の三線はいずれも「写し」と呼ばれる復元品(レプリカ)。

ひとつは真壁型の三線で、米国の人間国宝に認定された故仲宗根盛松先生(1912~2011)が最後まで大切にされていた「美ら真壁」という名器の「写し」

1988年の名器100挺展の際にはハワイから海を渡って沖縄へ来た本物の美ら真壁
当時のパンフレット

もうひとつが徳川美術館所蔵の琉球王朝時代に王府から尾張徳川家に献上された三線の写しの「試作品」。型は一応「与那城型」としてありますが、細かく言うと7つの大まかな型のうちどれにも当てはまらないもの。

2001年〜2006年に現「沖縄美ら島財団」が行った尾張徳川家伝来の琉球楽器の復元事業の際、島袋正雄先生にご推薦いただくというご縁をいただいて新垣喜盛が棹の復元担当させていただきました。

復元には新垣の他に那覇市の「琉球楽器またよし」の又吉俊夫さんも携わっておられたようです。

正雄先生は琉球古典音楽の演奏家でしたが「琉球三線楽器保存・育成会」の会長を務めておられた「三線の専門家」でもあり復元の際先生にご意見をいただくために試作した三線です。

「本物の写し」は美ら島財団(首里城)へ納めた三線ですが、いわば今回知事応接室へ寄贈された三線は「兄弟三線(ちょうでーさんしん)」と言えるものであります。

左が美ら真壁、右が徳川三線。寄贈される前の調整で池武当にて

首里城といえば、2019年10月31日の火災。

正殿ほか建物の消失もさることながら、所蔵していた美術工芸品の被害も危ぶまれておりましたが、なんと復元した三線は消失を免れたと報道(12月9日ごろ)がありました!

美ら島財団に問い合わせたところ、新垣と又吉さん製作のものいずれも無事であったようです。

本日で首里城火災からちょうど半年。先日玉城知事より首里城再建の県の基本方針が発表され首里城の復興へと本格的に動き出していくようです。

首里城も三線も琉球の大切な伝統文化、その象徴とも言える存在です。

消失を免れ残った三線と今回寄贈されることとなった三線がつながっていること、とても意義深く感じます。

今回寄贈された三線が多くの人の目に留まり沖縄の文化に触れるその架け橋となってくれることを願います。